昨年3月に手に入れていたM1チップ搭載のMacBook Air、今頃開封して設定して遊んでいました。OSをMontereyにして、arm64なterminalでhomebrewをインストールしてarm64版のhomebrewを入れて、brew install gcc, brew install boostしたくらいです。とりあえずkvのプログラムは、
g++11 -O3 -I(kvのあるとこ) -I/opt/homebrew/include -L/opt/homebrew/lib hogehoge.c
とかすれば動くようになりました。
で、なぜか区間演算が異常に遅いことに気付きました。とりあえず区間演算のベンチマークとして、
#include <iostream>
#include <kv/interval.hpp>
#include <kv/rdouble.hpp>
int main()
{
int i;
kv::interval<double> x;
x = 1;
for (i=0; i<1000000000; i++) {
x = (x*x-3)/(x+x);
}
std::cout << x << std::endl;
}
みたいなのを使います。加減乗除を一回ずつ含んでいて、[1,1]と[-1,-1]を交互に繰り返します。本当は変なベンチマークテストみたいにいろんな値を取る写像を使いたかったのですが、区間演算だとすぐに発散して[-∞, ∞]になってしまい、ベンチマークとしてふさわしくないものになってしまいました。
これの実行時間を、ThinkPad X1 carbon (core i7 10510U, ubuntu 20.04, gcc 9.3)で計測すると、-O3で38.1秒程度でした。この状態では、丸めの向きの変更はfesetroundを使っています。kvライブラリには、Intelの64bit CPUのとき-DKV_FASTROUNDを付けるとfesetroundを使わずにSSE2の丸めの向きを制御するmxcsrレジスタに直接書き込むことによって高速化する機能があります。このときは、19.4秒と倍近くに高速化しました。更に、-DKV_NOHWROUNDを付けるとハードウェアによる丸めの向きの変更は一切行わず、twosumとtwoproductを用いて方向付き丸めのエミュレートを行わせることができます。このときは、35.7秒程度でした。
で、これをMacBook Air (M1, Monterey 12.1, gcc 11.2) で実行してみると、-O3でなんと142秒もかかってしまいました。fesetroundが重いのかと思い、aarch64なCPUに対しても-DKV_FASTROUNDが使えるようにkvを改造し(次期kv-0.4.55で入れる予定)実行してみると、114秒といくらか改善したものの、まだまだ遅いです。で、-DKV_NOHWROUNDだと、なんと23.8秒と劇的に改善しました。方向付き丸めのエミュレーションはかなり複雑な計算をしていて、こんなに速いはずはないのですが。まとめると、次のような感じです。
| -O3 | -O3 -DKV_FASTROUND | -O3 -DKV_NOHWROUUND |
X1 carbon | 38.1 | 19.4 | 35.7 |
M1 MBA | 142 | 114 | 23.8 |
両PCの速度の比は、3つ目の35.7vs23.8が一番体感と一致します。丸めの変更でなにか大きなブレーキがかかっているのでは、と疑わざるを得ないような結果です。
そこで、次のような実験をしてみました。変なベンチマークテストのベンチマークに毎回丸めの向きの変更を挿入してみます。fesetroundの実装に影響されないように、アセンブリ埋め込みの最速と思われる実装にします。
#include <stdio.h>
#include <stdint.h>
int main()
{
int i;
double x;
#ifdef __aarch64__
uint64_t reg;
uint64_t regs[4];
asm volatile ("mrs %0, fpcr" : "=r" (reg));
regs[0] = (reg & ~(3ULL << 22)) | (0ULL << 22); // nearest
regs[1] = (reg & ~(3ULL << 22)) | (2ULL << 22); // down
regs[2] = (reg & ~(3ULL << 22)) | (1ULL << 22); // up
regs[3] = (reg & ~(3ULL << 22)) | (3ULL << 22); // chop
#endif
#ifdef __x86_64__
uint32_t reg;
uint32_t regs[4];
asm volatile ("stmxcsr %0" : "=m" (reg));
regs[0] = (reg & ~(3UL << 13)) | (0UL << 13); // nearest
regs[1] = (reg & ~(3UL << 13)) | (1UL << 13); // down
regs[2] = (reg & ~(3UL << 13)) | (2UL << 13); // up
regs[3] = (reg & ~(3UL << 13)) | (3UL << 13); // chop
#endif
x = 0.5;
for (i=0; i< 1000000000; i++) {
#ifdef __aarch64__
#ifdef ROUND_CHANGE1
asm volatile ("msr fpcr, %0" : : "r" (regs[0]));
#endif
#ifdef ROUND_CHANGE2
asm volatile ("msr fpcr, %0" : : "r" (regs[i%4]));
#endif
#endif
#ifdef __x86_64__
#ifdef ROUND_CHANGE1
asm volatile ("ldmxcsr %0" : : "m" (regs[0]));
#endif
#ifdef ROUND_CHANGE2
asm volatile ("ldmxcsr %0" : : "m" (regs[i%4]));
#endif
#endif
x = 1 / (x * (x - 1)) + 4.6;
}
printf("%g\n", x);
}
埋め込んだ丸め変更命令に2種類あって、
- -DROUND_CHANGE1 丸め変更命令を埋め込むが、丸めの向きはずっとnearest
- -DROUND_CHANGE2 丸めの向きをnearest->down->up->chopと周期的に変更
としてみました。これの実行時間は、次のようになりました。
| -O3 | -O3 -DROUND_CHANGE1 | -O3 -DROUND_CHANGE2 |
X1 carbon | 6.43 | 6.44 | 6.53 |
M1 MBA | 6.29 | 6.29 | 15.04 |
X1 carbonだと、ほとんど速度は変わりません。M1だと、丸め変更の命令があっても丸めの向きがずっと一定ならば影響は認められませんが、丸めの向きが毎回変更される場合に顕著な速度低下が認められます。何らかのwaitが入ってしまっている感じです。ここまで遅いと、M1チップでの精度保証の方法を考え直さないといけないかも。線形計算のように丸めの向きの変更が頻繁でないケースは問題ないでしょうけど、非線形計算のように頻繁な丸めの向きの変更が必要な場合は、エミュレーションに頼る他ないかもしれません。
なお、これはaarch64なアーキテクチャ全般に見られる傾向かどうかが気になったので、3万円のchromebook (Lenovo IdeaPad Duet Chromebook, MediaTek Helio P60T) で試してみたら、
| -O3 | -O3 -DROUND_CHANGE1 | -O3 -DROUND_CHANGE2 |
IdeaPad Duet | 15.8 | 20.7 | 20.9 |
とまた違った傾向を示しました。誰か、富岳で試してくれないかなあ。
でのベンチマークを追加してみました。
| -O3 | -O3 -DROUND_CHANGE1 | -O3 -DROUND_CHANGE2 |
X1 carbon | 6.43 | 6.44 | 6.53 |
M1 MBA | 6.29 | 6.29 | 15.04 |
IdeaPad Duet | 15.8 | 20.7 | 20.9 |
Ampere Altra | 6.69 | 6.69 | 9.70 |
Gemini PDA | 19.7 | 23.0 | 28.8 |
Ampere AltraではM1 MBAほど遅くはなっていないのが分かります。
なお、とある方から富岳のA64FXでのベンチマークを聞かせてもらったのですが、少し異常な感じの結果(とても遅い)だったので何か測定ミスの可能性もあり、ここへの掲載はとりあえず控えます。