2016/06/20(月)方向付き丸めクイズ

唐突ですがクイズです。a, b, c, dはIEEE 754に従う浮動小数点数とします。以下の計算をIEEE754の+∞方向への丸め(上向き丸め)で行い、計算値をx, 真値をx*とします。このとき、「必ずx ≥ x*が成立する」と言えるのはどれか。○と☓で答えて下さい。但し、計算中にゼロ除算が起きるケースは除外してよいものとします。
  1. x = a + b
  2. x = a - b
  3. x = a × b
  4. x = a / b
  5. x = (a + b) + c
  6. x = (a × b) × c
  7. x = (a - b) - c
  8. x = a - (b + c)
  9. x = -a + b
  10. x = -( (-a) + (-b) )
  11. x = a × b + c × d
  12. x = (a + b) × (c + d)
  13. x = a / (b + c)
  14. x = a - b × c
  15. x = a + (-b) × c
  16. x = sqrt(a)
  17. x = exp(a)
少し考えれば答えは分かると思いますが、これらの答えが全て○になると誤解してるのではないかという事例にたまに遭遇しますので、こういうクイズにも意味があるのではないかと思い、記事を書いてみました。

2016/05/21(土)カシオの関数電卓の奇妙な挙動

カシオの関数電卓をいじっていて、とても奇妙な挙動に気づいたので記録を残しておきます。使用したのはfx-5800Pという機種で、内部演算精度は10進数15桁です。結論から書くと、次のような現象を発見しました。
123456789123456 - 123456789121111 = 2345
123456789123456 - 123456789123111 = 345
123456789123456 - 123456789123411 = 0 (45でない!)
非常に近い2つの数同士の引き算を行なうと、「桁落ち」と呼ばれる有効数字の減少が発生します。これは有限精度の計算を行っている以上仕方のないことですが、どうやらこの関数電卓では、
「減算で桁落ちが発生した結果有効数字が2桁以下になったとき、その数を強制的に0に書き換える」
という仕様になっているようです。桁落ちが起きるような厳しい計算こそ高精度な電卓の助けが欲しいところなのに、そこでわざわざかろうじて残った情報を捨て去ってしまうというのは極めて不可解な仕様だと感じます。

この仕様で困ってしまう場面はいくらでもありそうですが、一つ例を作ってみました。2次方程式
0.9999996 x2 - 2x + 1.0000004 = 0
の解をいわゆる2次方程式の解の公式で計算してみます。判別式の値は、
4 - 4 × 0.9999996 × 1.0000004
= 4 - 3.99999999999936
= 0.00000000000064
= 6.4 × 10-13
ですが、この値が
4 - 3.99999999999936 = 0
となってしまいます。3.99999999999936を正しく格納できる仮数部を持っているにも関わらず、です。実にもったいない仕様だとは思いませんか。素直な10進数15桁の演算ならば、
sqrt(6.4 × 10-13) = 8 × 10-7
x1 = (2 - 8×10-7)/2/0.9999996 = 1
x2 = (2 + 8×10-7)/2/0.9999996 ≈ 1.000000800000032
のようにほぼ正確に計算できたはずなのに、
x1 ≈ 1.00000040000016
x2 ≈ 1.00000040000016
のような重解になってしまいます。また、手作業で解の公式を使って計算した場合のみならず、関数電卓に組み込まれた2次方程式ソルバーを使っても全く同じ計算結果が得られました。すなわち、ユーザに直接見える部分のみならず、内部の演算ルーチンそのものがこの仕様に蝕まれていることは確実と思われます。

この仕様はカシオfx-5800Pに特有のものなのか、他の機種にも見られるものなのか、ヨドバシカメラの関数電卓売り場の展示機を触って調べてみました。すると、
機種名仮数部の桁数桁落ち時に捨てられる桁数
カシオ fx-5800P/JP900/FD10Pro/375ES/72F152
キヤノン F-789SG182
キヤノン F-715SA163
シャープ EL-509M141
のようになりました。試した限りの全ての関数電卓で、桁数の違いこそあれこのような「過桁落ち」処理がなされているようです。全く理解できないのですが、どなたか事情をご存知なら教えて欲しいものです。

2016/05/09(月)kv-0.4.36

というわけで、予告通りkvライブラリを0.4.36にアップデートしました。

内容は前回の記事の予告通りで、maffine3を正式アルゴリズムに昇格させました。
  • maffine → 一応maffine0として残したが消滅候補
  • maffine2 → そのまま
  • maffine3 → maffineに改名
使い勝手は0.4.34以前と変わらず、単に性能がよくなっているはずです。

2016/05/08(日)新しいODE solverの性能評価

さて、前回の記事で書いた新しいアルゴリズムの性能を簡単な例で示します。例として選んだのはvan der Pol方程式です。
x''- μ(1-x2)x'+x = 0
この方程式はμ≥0の値によって計算のしやすさが変化し、μが1くらいまでなら計算しやすいnon-stiffな方程式ですが、μが大きくなると極めて計算しづらいstiffな方程式になります。ここでは、μ=1とμ=100でこの方程式の軌道を計算し、ステップ幅の変化を調べてみました。ステップ幅はある方法で局所誤差がmachine epsilon程度になるように計算していますが、stiffなODEの場合そこを変えて大きなステップ幅にしても精度保証の根幹となる不動点定理が成立しなくなってしまい小さなステップ幅への修正を強いられてしまいます。初期値は
x(0) = x'(0) = 1
とし、t=200まで計算しました。この軌道を相図(phase diagram)で示すと、次のような感じです。まずμ=1の場合:
dense1.png

周期解(limit cycle)に巻き付いている様子がよく分かります。次にμ=100の場合:
dense100.png

こちらは急激な変化を含んだ周期の長い軌道になります。

さて、これを、
  • ode-maffine (従来の標準的なアルゴリズム)
  • ode-maffine2 (従来の高速アルゴリズム。初期値に関する微分が出来ない欠点がある)
  • ode-maffine3 (新しいアルゴリズム)
  • awa (Lohnerによる有名な精度保証プログラム)
で計算して比較してみます。まずμ=1で:
step1.png

横軸は時刻tで、縦軸は上のグラフがx、下のグラフがODE Solverが選んだステップ幅です。non-stiffな方程式なので、どれでもあまり大きな違いがないことが分かります。計算時間は、
アルゴリズム計算時間(sec)
maffine2.276
maffine21.240
maffine31.798
awa3.815
でした。次に、μ=100の場合を示します。
step100.png

どの方法もμ=1の場合に比べると刻み幅が小さくなっています。変化の激しさに応じて刻み幅を頑張って適応させていることがよく分かります。刻み幅はawaが一番小さく、次にmaffine、maffine2とmaffine3はほぼ同じで比較的大きい刻み幅で計算できていることが分かります。結果として、計算時間にも次のように大きな差が出ました。
アルゴリズム計算時間(sec)
maffine53.820
maffine29.287
maffine313.478
awa176.78
maffine3はmaffineと完全に同じことが出来て性能が良さそうなので、maffineを残す意味はなさそうです。次期versionでは、
  • maffine → 消滅 (別名で残すかも)
  • maffine2 → 従来通り
  • maffine3 → maffineに改名
としたいと思います。これなら0.4.34以前と使い勝手は変わらずに単に性能が良くなったということになります。関数名の変更はユーザに混乱をもたらすので、現version (0.4.35) はなるべく短命にするつもりです。

2016/05/06(金)kv-0.4.35

kvライブラリを0.4.35にアップデートしました。

まず、前回(0.4.34)に混ぜてしまったバグの修正です。1.00e-05みたいな数値が1.00e0-5のように表示されてしまうというバグを直しました。

また、常微分方程式のsolverに新しいアルゴリズム(maffine3)を追加しました。kv-0.4.30とstiffなODEで日記に書いたように、maffineはstiffなODEに弱く、maffine2はstiffに強いが初期値に関する精度保証された微分が得られないという状況でしたが、今回、「stiffに強くて初期値に関する微分もできる」maffine3を追加しました。今年のGWはほぼこの実装に費やしてしまいました。

実装したアルゴリズムのアイデアは極めて単純です。常微分方程式の初期値問題を精度よく解くためには、いわゆるWrapping Effectを防ぐために解の初期値に関する微分を利用することがほぼ必須です。それを計算するのに必要なのが「初期値に関する変分方程式」というものです。すなわち、
x'(t)= f(x(t),t)
x(t0) = x0
に対して、x*(t)をこの式の真の解としたy(t)に関する行列微分方程式
y'(t) = fx(x*(t), t)y(t)
y(t0) = I (単位行列)
を初期値に関する変分方程式といいます。ある時刻t1におけるyの値y(t1)は、x(t0)にx(t1)を対応させる写像のヤコビ行列と一致します。

このyを計算するのに、従来は上の2つの式を連立させて、
x'(t)= f(x(t),t)
y'(t) = fx(x(t), t)y(t)
x(t0) = x0
y(t0) = I (単位行列)
のようなxとyの組を未知関数とするn+n×n次元の新しい初期値問題を作成し、これを解くという方法を使っていました。その方が実装が楽だったという事情もあります。

それを変更して、まずxだけの式を解いて真の解x*を区間関数として求め、それを代入してyの式を解く、素直な2段階法が、新しいアルゴリズムです。stiffでない普通の方程式だとどちらを使っても大差ありませんが、stiffな場合だと後者の方が刻み幅が大きくなり、結果として高速になるようです。

アルゴリズムの詳細や性能評価はまた改めて書く予定です。問題が無ければ、将来のバージョンではこの新しいmaffine3をmaffineとし、旧maffineは抹消してしまうことも考えています。
OK キャンセル 確認 その他